九
気がつくと、昨日のあの窓から光が覗いていた。
(今、何時だろう。)
チュンチュンとおまけのように鳥のさえずりが聞こえる。
横目で時計を見ると、短針が12時と1時の間でうろうろしている。
(もう、そんな時間か。)
なんだか、すごくダルいので、しばらく座り込んだまま居ることにした。
母親が家に帰ってきた形跡は無かった。
昨日のことは、幻だと思いたい。
思うだけなら、幻なんかにならないけど。
望むだけなら、幻なんかにならないけど。
玄関の正面にある鏡に映る、霞んだ自分の姿。
酷く、みっともない格好に見える。
「…馬鹿みてぇ。」
座り込んだまま呟くその姿。
鏡の向こうの偽者の自分が、本当の自分を馬鹿にしてるみたいだ。
意味もなく笑いがこみ上げてくる。
「ククク…。」
なんだか本当に、どうでもよくなった。
そしてあと少しだけ、馬鹿でいようと、思った。
鏡の前まで、ゆっくりと歩いていくと、その前にゴロリと寝転がる。
涙の道筋が残った顔が、近くに見える。
そっと手を伸ばせば、手を伸ばしてくれる。
腫れ上がった目は、まるで別人みたいだ。
「ははは。」
…馬鹿みてぇ。
もう一度瞼が重くなるのに、そう時間はかからなかった。