八
「なぁ、何がしたいんだよ。」
僕は出来る限り静かに、冷静に言葉を並べた。
それでも、口から出た言葉は少し震えている。
「…馴れ合いたいのか?」
…とうとう柚花の眼から大粒の涙がこぼれた。
コンクリートの橋に、ポツポツと染みが広がっていく。
その涙が、あまりにも綺麗だったから。
その涙が、僕には相応しくなかったから。
そのまま柚花を突き飛ばすと、歩いてきた方向とは反対方向に走った。
後ろから、ドサッという柚花が尻餅をつく音が聞こえた。
それにかまわず、僕は走った。
途中でラーメンを踏み潰したけど、それにもかまわず、僕は走り続けた。
逃げ出した。
街の明るいネオンから。
逃げ出した。
あの綺麗な柚花の涙から。
逃げ出した。
あの場所から。
僕の居場所なんて、どこにも無かった。
それからどこをどう行って家に帰ったのかは覚えていない。
重く冷たいドアを閉め終わると、そのまま玄関に座り込んでしまった。
足に力が入らない。
涙腺が、これまでに無いほど緩んでいた。
泣いた。
みっともないぐらいに、泣いた。
ドス黒い、下水道のような涙がたくさん出た。
「何で。」
と、繰り返した。
何が、”何で”なのかは、僕には分からなかった。
でも何か言葉を繰り返さないと、立ち直れない気がした。
「畜生。」
とも、言った。
どうして僕は、こんなにちっぽけなんだろう。
どうして僕は、こんなに醜いんだろう。
どうして僕は、こんなにみっともないんだろう。
どうして僕は―…