三
いつもより長い1日が終わった。
結局僕は、あの後ずっと柚花を無視し続けた。
柚花の話なんて聞きたくないのに、わざわざ話かけてくる柚花は…馬鹿だと思う。
もう、放っておいて欲しい。
僕に、構わないで。
自転車に跨り、校門を一気に抜けると、思い切り息を吸い込んだ。
むせてしまった後で思う。
(僕は、馬鹿だ。)
ふと、見上げた空は、いつもよりもオレンジで。
自分がすげぇちっぽけで、居なくても誰も悲しまない気がして。
悲しいのか、切ないのか…はたまた悔しいのか、解らないまま、夕暮れから目を逸らした。
僕の家は、20階建ての高層マンションの1番上の階だ。
夜景が綺麗だと、母親が呟いているのを何度も聞いたことがある。
綺麗なわけ、あるもんかと呟くたびに思った。
黒く、大きいドアの前に立つ。
表札は、「松本」。生まれたときから、同じ苗字。
ポケットから鍵をとり出すと、それを穴に入れる。
何も無い、いつもの動作だ。
大丈夫、大丈夫だ。と自分に言い聞かす。
いつものことなんだ。大丈夫。
開けてみて、玄関に靴が無いことを確認すると、安堵の息がこぼれた。
自分のその行動に、すごくイライラした。
ドアを閉めると、その勢いで服を脱いだ。
全部脱いで、パンツと肌着になった状態で、机の上のいつものメモに目を通した。
目が悪い僕にはとてもやさしくはない小さな字で、
『今日は、家には帰りません。ご飯は自分で買って食べてね。
愛してるわ。陽介。』
と書いてある。
「なんだよ…。畜生。」
その紙を手にとって、グチャグチャに潰すと、近くにあったライターでその紙に火をつけた。
瞬く間に、紙は燃えていく。
家が燃えてもいいと思った。
その火に包まれて、僕は死んでしまってもいいと、思った。
そんなことを考えながら僕は、自分が肌着の上にTシャツを羽織っているのに気づくと、
自嘲気味に「は…はははっ…。」と笑った。
残念ながら、火は燃え広がらずに、ガラスのテーブルの上に燃えた跡だけが残っただけだった。
「…床の上で…燃やせばよかった。」
心からそう思った自分が、本当に馬鹿みたいだ。
ふ、と窓の外の夕暮れが暗くなった。
その暗闇は、一瞬にしてこの家の中に入り込み、そしてそのまま僕の体を包んだ。
あまりにも暗い闇に、僕は畏怖した。
目を開けても、閉めても、そこには闇があるだけだった。
怖く、なった。
そのまま手探りで脱ぎ散らかしたままのズボンを掴むと、ベルトも閉めずに家を飛び出した。
手には、灰になったメモの隣に置いてあった1万円札を握りしてめていた。